現在のメインストリームに
おける緑内障手術は、
おおまかに述べると以下の
2つの手法があります。

シュレム管開放術

虹彩の裏側の付け根部に隣接する毛様体で産生された水(房水)は、瞳孔を奥から手前に向けて通過したあと、虹彩の表側の付け根部分と角膜とが合わさる部分(隅角)に存在する線維柱帯というフィルターを抜けてシュレム管という管に流れ込むことで眼外へ排出されます。
解剖学的にもう少し突っ込んだ内容に踏み込むと、シュレム管というのは隅角をぐるりとドーナツ状に取り囲む1本の管になっていて、その壁の一部がフィルターである線維柱帯を形成していることになります。
ところでこのフィルターに相当する線維柱帯の不具合で房水が眼外へ排出されにくくなると、房水の逃げ場がなくなることで眼圧が上昇し、開放隅角緑内障の発症および進行がみられることになります。
緑内障の発症および進行を抑制するためには眼圧を下げる必要がありますが、開放隅角緑内障においてはこのフィルターの不具合こそが解決すべき最重要事項なのです。
そこでいささかラジカルな発想となりますが、フィルターに不具合があるならばそれを切り開いてしまい、房水がシュレム管内に抵抗なくダイレクトに流れ込むようにすればよいわけです。
そのような観点でシュレム管の内壁を開放してしまう手術が線維柱帯切開術(トラべクロトミー)なのです。
当院で行なうシュレム管開放術には以下のラインナップがあります。

①トラべクロトミー(眼内法)

眼内からのアプローチでシュレム管内壁を開放します。当院では基本的にマイクロフックを用い180度程の範囲の線維柱帯を切開・開放します。場合によってはナイロン糸を用いたスーチャートラベクロトミーでより広い範囲(180度~360度)の切開・開放を施行する場合もあります。
結膜を切開せずに施行出来ることが眼内法の利点と言えますが、術後一過性高眼圧などが起きると、その対応には苦慮することがあります。

②トラべクロトミー(眼外法)

眼外からのアプローチでシュレム管内壁を開放します。当院では基本的にメタルプローブを用い120度の範囲で線維柱帯を切開・開放します。場合によってはナイロン糸を用いたスーチャートラべクロトミーでより広い範囲(180度~360度)の切開・開放を施行する場合もあります。理由は後述しますが、上方結膜を温存するため下方象限で手術を施行します。眼内法が主流になりつつある現在においても、当院ではあえて手技が煩雑な眼外法を施行する場合が多々ありますが、それは深層強膜弁切除などのシュレム管外壁開放も併用することで、術後の一過性眼圧上昇を抑制することが出来るからです。
(術後一過性眼圧上昇は、視野障害をさらに進行させてしまうことがあります)

濾過手術

先述したシュレム管開放術は合併症も少なく安全性の高い手術と言えます。しかし問題点が二つあります。
まず、中期~末期まで進行してしまった緑内障に対しては眼圧を10mmHg程度まで下げる必要があるのですが、シュレム管開放術ではほとんどの場合においてその目標眼圧値を達成出来ない、という点です。
次に、眼圧を下げるためにシュレム管開放術を施行したにもかかわらず眼圧がほとんど下がらない、それどころか(ごく稀なケースではありますが)術後に眼圧が上がりに上がってコントロールがつかない収拾不能な事態に陥ってしまうことさえありうる、という点です。
中期~末期まで進行してしまった緑内障に対しては、初めから別のやり方でより低い眼圧値を達成出来るようにしなければなりませんし、シュレム管開放術が奏効しないような場合においても、そもそもの房水流出経路に依存しない別のやり方で眼圧を下げるしか手だてはありません。
そこで出番となるのが濾過手術です。
簡単に言ってしまうと、眼内と眼外をつなぐ経路を確保して房水を一旦結膜下に導き、そして周辺組織に拡散吸収させることで、より低い眼圧値に到達することを可能せしめる術式なのです。
当院で行なう濾過手術には以下のラインナップがあります。

①トラべクロトミー

まず上眼瞼(うわまぶた)に隠れる部分において結膜の一部を剥離し、眼内と眼外をつなぐトンネルを作成します。トンネルの出口が開きっぱなしであると房水がどんどんと漏れ出し眼球が虚脱してしまいますので、あらかじめ出口部分に被さるようなフタを作成しておきます。しかしフタをあまりにもしっかり閉じきってしまうと房水を外に逃がすことが出来なくなってしまいます。そこで細いナイロンの糸を用い、あえて房水がじんわりと浸み出す程度にフタ(強膜弁)を縫い付けて閉じておきます。この手術を行なうようになって何年にもなりますが、このときの微妙な力加減は今でもやはり難しいと感じます。最後に剥離した結膜をもとに戻して縫い付けておきます。最終的にその部分は、漏れ出して来た房水を受け止め結膜下に一旦貯留させるためのふくろ状のスペース(濾過胞)となります。
しかし、しかしです。よく考えてみてください。
そもそも人間のカラダというものは傷を治そうとする力が本来備わっているはずです。
ですから日数が経つことで傷口がふさがり肉で埋まってしまうがごとく、人体にそんな造作を施したとしても、フタは引っ付きふくろはぺったんこ、結局は元の木阿弥になるのがオチではないのか、とお思いになりませんか?
じつはなんのヒネリもなければ実際そうなりますし、この術式が開発された当初の成績はさんさんたるものでした。
そこで考え出されたのが、傷の治りを抑える作用を持つマイトマイシンC(MMC)という薬剤を手術中に傷口に塗布し術後の傷の治りをあえて悪くさせることで造作を長持ちさせる、というテクニックです。
この手法が導入されたことにより、このトラベクレクトミーという術式の成績は飛躍的に伸びました。
ちなみにマイトマイシンは日本の北里研究所で抗がん剤として発見された物質であり、今や世界中の緑内障患者さんがその恩恵を受けていると言っても過言ではありません。
ところで、そんなMMCを併用しても術後に周辺の結合組織が増殖し癒着し始めることでフタ(強膜弁)の隙間も徐々に埋まり、十分な量の房水を眼外に逃がせなくなることがあります。
しかしそのこと自体は想定内であり、強膜弁を縫い付けてあるナイロン糸はレーザーを用い外から狙い撃って切断出来るようになっています。そうすることでフタの開きを大きくし、房水の流出量を回復させることが可能となるのです。
また場合によっては眼球のマッサージを適宜行ない、経過とともに小さくなりかけた濾過胞を理想の大きさに引き戻してやったりすることも必要となります。
そのような手仕事により、眼外への房水流出量をその都度こと細かく調整し、愛情たっぷり手塩にかけて濾過胞を丁寧に育て上げ、最終的に低く安定した眼圧のコントロールが得られるように持って行くのです。
しかし言うは易しで、そこにはさまざまな合併症が待ち受けており我々の行く手を阻もうとするのです。
それらを乗り越えて行くには単にテクニックやスキルだけではなく、経験と勘と、そして並みならぬ精神力(折れない心)も必要とされます。

ところで現時点で自分の知る限り緑内障手術、ことトラベクレクトミーにおいては、ロボット手術とその周辺領域の技術の本格的な臨床適用は未だなされてはいません。
そして付け加えるなら、たとえロボット工学とそれに絡むAIの技術が近未来的にどれだけの進歩を得ても、それらのテクノロジーだけではこの手術をまっとうにやり遂げることは到底不可能であろうと私は考えています。
なぜなら一元的に定量化出来ない不確定な要素が多すぎるからです。
そのような理由もあって、トラベクレクトミーという術式は今や「先細りしつつある伝統芸能」のような位置づけになりつつあります。

このようになにかと苦労の多い(術者にとっても患者さんにとっても)術式なのは事実ですが、それでも私は、これからもずっとトラベクレクトミーという術式にこだわり続け、そして選択し続けることでしょう。
なぜなら、トラベクレクトミーこそが現存する緑内障手術のなかで最も眼圧を下げることの出来る術式であるからです。
そして、現にこれまでにこの術式でしか救えなかった患者さんが実際に数多くいらっしゃいましたし、これからもまだまだ多くいらっしゃるはずだからです。

補足1:過剰濾過について

トラベクレクトミーにおいては、あえて房水をじんわりと浸み出させる程度にフタ(強膜弁)をナイロン糸用い縫い付けて閉じておくこと、ならびに眼圧の上昇に応じてそのナイロン糸をレーザーで外から狙い撃って切断することで眼圧調整を行なうことは先程述べたとおりです。
しかしナイロン糸を切断することで強膜弁が意図する以上に開いてしまい、結果として眼外に房水が過剰に流れ出し眼圧が下がり過ぎることがしばしばあります。
そのような状況に際し対応が後手にまわることは、すなわちさまざまな合併症が一挙に押し寄せて来ることを意味します。
なので、今度は大急ぎで下がり過ぎた眼圧を再び上昇させ、適正な値へと戻す必要が生じて来ます。自らの持てる術(すべ)を総動員し、しばらくはその対応に追われることになるのです。
しかしやっとの思いで(下がり過ぎた)眼圧が戻ってきて胸をなでおろしているのもつかの間、今度は眼圧が過度の上昇に転じてしまい再びその対応に追われることも珍しくはありません。
結局のところ何を申し上げたいのかと言いますと、お互いがなかなか「気の休まることがない」ということなのです。
一旦本気でトラベクレクトミーをやり遂げさらに良い結果を導こうと思ったのであれば、患者さんにもそれ相応に腹を括って頂かなくてはなりません。そこはご了承頂きたいのです。
それ以上に術者は、寝ても覚めても自らの手術の出来栄えを気にかけ、その後の経過にも心を砕き続けているのです。すくなくとも私はそうです。文字通り「寝ても覚めても」なのです。

補足2:濾過胞再建術について

個人的に思い入れのあるトラベクレクトミーではありますが、入魂の出来栄えであったにも関わらず術後に眼圧が再び上昇して来ることがあります。濾過胞が最初からしっかり育ってくれなかったことが原因のこともありますし、あるいは濾過胞は一旦それなりに育ったもののその辺縁がガチガチに癒着し限局化することや、濾過胞の大きさは保たれてはいるものの内腔に線維性の被膜が張り巡らされる、などの理由で一旦濾過胞内に流れ込んだ房水が周辺組織に拡散・吸収されなくなったことが原因のこともあります。
幾多の困難と合併症を乗り越えてたどり着いた結果がそのようなものであった場合、患者さんにとっては(そして術者にとっても)本当にツライものがあります。
しかし緑内障術者である自分には、今そこにある危機を前にして黙って引き下がるという選択肢は最初から想定されていませんし、当然患者さんとてそれは同じことです。
したがって、お互いなんとか気を取り直し、濾過胞再建術に臨むことになるのです。
その具体的な内容についてですが、濾過胞を突き破ってしまうことが決してないように細心の注意を払いながらその辺縁部に生じた結膜下癒着を内側から剥がし、濾過胞内に一旦流れ込んだ房水が再び周囲の組織に拡散・吸収されることを可能せしめたり、結膜下でのブラインド操作を駆使し、癒着により引っ付き閉じてしまった強膜弁を適度にこじ開け適量の房水が濾過胞内に流れ込むようにするなど、地味ながらもかなりの緊張感と精妙な力加減とが求められる作業となります。
また、術後に手術創から房水が漏れ出して来ないよう縫合にも完璧さが求められますし、一旦拡がった濾過胞が再び縮んでしまうことがないよう患者さんには自己マッサージを続けてもらわなければならない場合もあります。やはり、なかなか気の休まる暇がありません。
しかもそれらが1回で済めばまだ良い方で、詰めを誤ったわけでもないのに眼圧がそれでも下がらないこともあり、結果的に2回、3回と濾過胞再建を行なうこともあります。

ところで、このような「いばらの道」を歩むことを強いられた緑内障患者さんへのしかるべき対応が可能な施設が、現状では圧倒的に不足していると言わざるを得ません。
勤務医時代より私はそのような状況を憂慮しておりましたが、これまで幾多の経験を積みノウハウを蓄積して来た自分こそが結局はこのアンメットニーズに応えるべく立ち上がらなければならない身であることを悟るに至り、最終的に永田眼科を開設することになったわけです。
緑内障診療最後の砦としてこれまでと同様に最後まで諦めない治療を実践し、少しでも多くの緑内障患者さんを失明の危機から救い出すことが出来るよう、よりいっそう精進してまいります。
大切なこと、それは鍛え鍛えた自身の力と技を信じ、倒れても倒れても倒れても何度でも熱いハートで立ち上がり、緑内障という敵に真正面から向かって行くことではないかと思います。

②アーメド緑内障バルブを用いたロングチューブシャント手術

トラベクレクトミーが最強の緑内障手術であることは先述した通りなのですが、しかし期待した通りに眼圧が下がらない場合があることも先述した通りです。
そこで濾過胞再建を何度か繰り返すわけですが、それでも眼圧が下がってくれない、いわゆる難治性緑内障と呼ばれる病態が残念ながらこの世には存在します。
では、どのような場合にどのような仕組みで難治化するのか?
糖尿病によって引き起こされる血管新生緑内障や、眼内の炎症性疾患に続発して発症したぶどう膜炎続発緑内障では、術後の炎症反応が強く出てしまう傾向があり、そのような場合には人体における傷を治そうとする力が過剰に発揮されることになってしまいます。
そもそもが傷を治そうとする力にあらがうことで成り立っているトラベクレクトミーという手術方法にとっては、これでは戦う前から致命的な痛手を負わされているのと同じことです。
また人体の各部位においてかつて傷を負ったり手術を施した箇所というのは組織が強く癒着していることが多く、そのような箇所で癒着を無理やり剥がしたうえで手術操作を加えた場合、その後にはさらに強い癒着が生じてしまうことが知られています。眼についてもそれは同じことが言えます。
このことは、トラベクレクトミーを行なう際にはその部位が手つかずの無垢な状態であるべきことを意味します。
ところで緑内障治療にあまり関心を持たない眼科手術医というのはじつのところ結構いらっしゃるようで、白内障手術やその他の手術に際して結構無頓着にバリバリと上方の結膜を剥いてしまわれることがあります。
その患者さんの眼にたまたま緑内障がないのであれば、それはそれで良いと思います。しかしそのように上方の結膜が大きくベリっと一旦剥がされているような患者さんが実際には緑内障にも罹っていて、トラベクレクトミーの施行が後年必要となって来るようなことがじつは多々あります。
このような場合、術後の結膜下組織の増殖および癒着が異常に強く生じてしまうため、たとえ入魂の手術を行ないその後にどれだけの愛情をかけて濾過胞を育てあげたとしても、結局は上手く行かなくなることが多いのです。
そして上述したような、トラベクレクトミーではなかなか刃が立たない難治化した緑内障に対して出番となるのがロングチューブシャント手術です。
その概要ですが、房水を眼内から取り込み導くための長いチューブおよび導いた房水を放出させるための本体であるプレート部分からなるインプラントを用いた手術となります。
手順としては、結膜を剥離し強膜の奥の方までを露出させその深い位置にインプラント本体部分を縫い付けて固定し、虹彩の真下もしくは眼内レンズの真下あたりにチューブの先端が顔を出すようにします。そうすることにより、房水を組織の癒着が比較的起こりにくいとされる深い位置の結膜下に直接送り込むことが出来るようになります。
通常のトラベクレクトミーにおいても、私の場合は常に深い位置の結膜下にまで房水が送り込まれるよう意識して手術を行なっております。しかし難治性緑内障の場合、結局はその手前部位で結膜下組織が癒着を起こしてしまい房水が深い位置まで到達出来なくなることが問題の本質であると自分では認識しています。
そして、ロングチューブシャント手術はその問題の根本をチューブを用いることでクリアしている点で、非常に理に適っていると考えます。
しかしロングチューブシャント手術で問題のすべてが解決するかと問われると、そうは問屋が卸してはくれないのです。
当院で採用しているアーメド緑内障バルブを用いた手術に限って申し上げると、術後早期での合併症が非常に少ないといったメリットがある反面、術後眼圧値は15mmHg前後に落ち着くことが多く、やはりトラベクレクトミーと比較するとその点において見劣りすることは否めません。
しかし頻回なる通院が不要である点など、遠隔地から通院される患者さんの治療やコロナ禍における治療においては現時点でも非常に有益なツールとなっており、今後トラベクレクトミーとの棲み分けをより適切に行なうことで利用価値はさらに高まって行くものと思われます。

永田眼科
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院長
永田 智
診療内容
緑内障手術 網膜硝子体手術
難症例白内障/眼内レンズ手術
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